ファンクとはどんな音楽か
ファンクとは、1960年代に生まれたリズム主体の黒人音楽で、ミスター・ダイナマイトと呼ばれたジェームス・ブラウンらを中心に作り上げられた。この音楽において全ての楽器や歌はメロディではなく、リズムを生み出す要素となる。リズムをトップに据え練り上げられた音楽は、後のヒップホップにも大きな影響を与えた。
しかしこの伝統的なファンクのイメージとは異なる形で、日本ではファンクを取り入れた別の音楽が生まれていた。女性のささやき声(=ウィスパー・ボイス)をファンクと組み合わせたものだ。複数のジャンルを組み合わせて音楽を発展させてきた邦楽シーンにおいて、ウィスパーボイス×ファンクの音楽は80年代後半に現れ、その後にもいくつかのバンドが曲をリリースしている。今回は日本で発展を遂げ、今なお模索され、まだジャンルとして確立されていないファンクの形を追いかけてみた。
相対性理論「マイハートハードピンチ」
ウィスパーボイスと言えばこのバンド、やくしまるえつこ擁する相対性理論。中毒性の高いメロディーが多い彼女たちの楽曲が、伝統的なファンクの空気とマッチしている。ウィスパーボイス系の曲とファンクの曲の共通点として、歌詞が中身よりもリズムや韻を重視して選ばれている点が挙げられる。絶対にジェームス・ブラウンが想定していなかったであろう方向へと進んだジャパニーズ・ファンク。2010年リリースの3rdアルバム『シンクロニシティーン』収録。
相対性理論「Q/P」
『シンクロニシティーン』リリースの翌年に出されたリミックスアルバム『正しい相対性理論』。大友良英、菊地成孔、坂本龍一、鈴木慶一、バッファロー・ドーターらの重鎮や、アート・リンゼイの招聘、そしてスチャダラパー、小山田圭吾に至るまでを呼び寄せた意欲作。当然評価も賛否両論。これまでの相対性理論から大きく前衛的な方向へと舵を切った形のアルバムに仕上がっていたからだ。
その1曲目はファンク調の新曲「Q/P」だった。どこかソリッドな音と、無機質なやくしまるえつこの声。電子的な音は出てこない生バンドの演奏なのに、無生物感のあるクールな一曲に仕上がっているのは、ウィスパーボイスの効果だろう。ファンクの泥臭さと距離を置いている。
カラスは真っ白「fake!fake!」
相対性理論がファンクをアルバムの中の一要素として使うバンドだとすれば、カラスは真っ白は明確にウィスパーボイス・ファンクバンドである。このバンドにおいてウィスパーボイスは、超絶技巧のファンクをキャッチーなポップスに落とし込む重要なファクターとして機能している。
楽器隊が先に出会い、北海道大学の後輩で宇宙人みたいなファッションをしていたヤギヌマカナをVo.に誘って結成されたバンド。誘った時点では歌声を聴いたことがなかったというぶっ飛びエピソードから考えると、始まりは偶然であり、集まったメンバーの個性を引き出した結果面白い音楽が生まれたと言えるのかもしれない。
カラスは真っ白「9番目の「?」
そんなカラスは真っ白の楽曲群の中で、筆者激推しはこちらの楽曲。目まぐるしく変わる展開と止まらない全員の主張。息をすることも忘れそうになる超絶技巧が、ウィスパーボイスによって聴きやすくなり、リスナーの耳に届けられる。
2017年に惜しまれながら解散したものの、今なお名前の挙がる強烈な個性を持ったバンドの一つである。CRCK/LCKSのメンバーとして活動するBa.オチ・ザ・ファンクやphatmans after schoolでサポートドラムをしているDr.タイヘイのように、それぞれが独自の音楽の道を突き進んでいるようだ。
さよならポニーテール 「ヘイ!! にゃん♡」
ミラーボールの似合う80年代風のファンキー・ナンバー、歌うのは女性ヴォーカル5人とソングライターらによる覆面グループ・さよならポニーテール。リズミカルなギターのカッティングと、ベースのオクターブ奏法による分かりやすいディスコ空間。70~80年代あたりの音楽へのリスペクトを感じる彼女たちは、5人の重声ウィスパーボイスが独特だ。
ラ・ムー「TOKYO野蛮人 」
アイドルとファンクの組み合わせが現在・地下アイドル界隈で見られるが、実は1988年の時点でその組み合わせを実践していたバンドがある。キーボーディスト松浦義和を中心として、アイドル菊池桃子をヴォーカルに据えたバンド、ラ・ムーである。R&B調の重層的な女性コーラスが菊池のウィスパーボイスを際立たせる。どこか未成熟な印象を与える発音・声量、30年前の楽曲に邦楽ファンクの変化の歴史が見られる。
バッファロー・ドーター「Oui Oui」
相対性理論が上述したリミックスアルバムに呼び、一定の影響を受けたと思われるバンド、バッファロー・ドーター。1993年より意欲的に世界に向けて発信を続ける3人組バンド。様々なジャンルを横断する彼女たちの音楽において、女声2つの重層的なウィスパーボイスが多くの楽曲で採用されている。
ハバナエキゾチカ「Love が大事」
バッファロー・ドーターの前身バンドは、ハバナエキゾチカというガールズ・ファンク・バンドだった。ジェームス・ブラウンやヒップホップが好きだったという大野由美子(b,vo,electronics)。どこか民謡の雰囲気すら感じさせる歌唱と、1980年代後半のガールズバンドとは思えない渋い音楽性。個性の塊である。あんまりウィスパーボイスでも無いような気がするがカッコいいのでOKだろう。
South Penguin「bubbles feat. NTsKi」
ベースのファンキーなフレーズが印象的なSouth Penguin「bubbles」では二回し目がウィスパーボイスのファンクへ(ちなみに一回し目は男声ウィスパーのファンク)。二度のFUJI ROCKを経験し、様々なジャンルを通過しているSouth Penguinが2020年に発表した楽曲。印象的なMVもあわせて楽しみたい。
男声ウィスパーファンク-ツチヤニボンド「ヘッドフォンディスコ」
こちらも本来のファンクからはかなり遠い歌声で歌われている楽曲。男声によるウィスパー気味の声とファンキーなリズムが特徴的な「ヘッドフォンディスコ」を発表したのは、高野山の怪物と評される土屋貴雅の率いるツチヤニボンド。このクオリティの楽曲が2年間で89回しか再生されていないという驚き(YouTube 2023/10/9時点)。ぜひ皆さん広めてください。
おわりに
ファンクはジャズやヒップホップ、そしてハードロックなど様々なジャンルに影響を与えながら、自分自身でも進化を続けている。これはリズムを主体に据えるというコンセプトの強さが成しえるものだろう。強すぎるコンセプトが他のジャンルへと侵攻していった結果、ジャズ・ファンクやファンク・メタルなど多様なサブジャンルが生まれていったと言えるのかもしれない。
そして今日紹介した音楽はまだ名前の付けられていない、一つのサブジャンルだと思う。解散したカラスは真っ白や、今なお人気が根強い相対性理論や、20年選手として活躍しているバッファロー・ドーターの姿を見て、この音楽が発展していく可能性はあるだろう。また渋谷系と呼ばれた人たちも、ウィスパーボイスと黒人音楽の優れた組み合わせをいくつか残している。
またフィロソフィーのダンスを筆頭にアイドル界隈でもファンクは盛んに取り入れられている。一見異質とみられる組み合わせによって、面白い科学反応が起こっていくことを楽しみにしている。それでは。
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