パプリカ
NHKの応援ソングとして米津玄師により作曲され、令和時代の童謡として国民的な一曲となった「パプリカ」。ヨナ抜き音階(日本の童謡や民謡に使われる音階)に米津流の味付けがなされ、子供のフレッシュな視点で描かれる日本の風土が綴られる。黄から赤へと色鮮やかに移り変わるパプリカのように、聴き手一人一人の視点によりそって「日本らしさ」を描き出した大ヒット曲である。
米津玄師版「パプリカ」
不協和音すれすれで揺れる音に導かれるように、無国籍なビートにのせられる米津玄師の歌には民謡の「こぶし」が感じられる。オリジナル版「パプリカ」のアレンジとは全く異なった、実験的な編曲である。これまでの米津玄師の歌に「こぶし」を感じたことはあっただろうか?
祭囃子のような笛の音や三味線が入ることで日本的な色彩に変わるサビは、よく聴けばぶつ切りにされた様々な音でビートが生み出されている。楽器ではなく生活音のようにも感じられるこれらの音は、米津玄師版「パプリカ」が人々の暮らしに根差した1曲であることを示す。子供たちが歌うオリジナル版の明るさとはまた違い、過ぎし日を思う寂しさを描き出している。決して会いに行けない、あの日の君を思い出す。
大量の素材をパッチワークのようにつなぎ合わせ、曲の形に仕上げるセンス。この実験的な手法を誰もが知る「パプリカ」のアレンジに使うのだから面白い。
打上花火
映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』の主題歌としてリリースされ、YouTubeで3億回以上再生された大ヒット曲である。DAOKOとの掛け合いが生み出す青春の幻惑。花火が打ちあがるときの静寂と色彩を音楽に置き換えたような強烈な曲展開は、誰しもに在りし日の夏を思い起こさせる1曲として、今後も愛されていくだろう。
米津玄師版「打上花火」
鳴く虫の音の上でガムラン風(※インドネシアの低音打楽器)の鉄琴と木琴を合成したようなアタック音が、異国情緒と郷愁を同時に呼び覚ます不思議なイントロ。東南アジアの民族音楽を聴いているような感覚はサビで高温の金属音が入ることにより、一層濃くなっていく。全編を通じて多くの打楽器が主体となっており、それが祈りにも似たコーラスと重なり、独特の民族感を生み出している。
オリジナル版『打上花火』からは想像もつかない、攻めたアレンジである。日本的な感性を持ったオリジナル版を拡大し、アジア全域に広げていったような編曲である。そこにあるのは目前に広がる大輪の花火ではなく、過去を振り返る男の背中だ。
まちがいさがし
俳優・歌手として活躍する菅田将暉が、米津玄師全面プロデュースの下にリリースしたのが「まちがいさがし」だ。自分がはみ出し者だという強い自意識の中で書かれたラブソングは、孤高の天才・米津玄師の言葉としてはもちろん、気鋭のマルチアーティストとして活躍する菅田将暉が歌うからこそ、感動を誘うのだろう。彼のハスキーボイスが際立つよう、比較的シンプルなアレンジに仕上がっている印象だ。
米津玄師版「まちがいさがし」
イントロの段階でこの曲が「まちがいさがし」であることに気づけた人はいないのでは。逆再生や細かい伴奏を活用した印象的な音を入れることで、シンプルなオリジナル版とは全く違った楽曲に仕上げている。しかしテクニカルなアレンジとは対照的に、率直に歌い上げる米津玄師の声は、菅田将暉へのアンサーのように感じられる。
アルバム曲問題と有名ミュージシャンの苦悩
米津玄師楽曲のオリジナル版とセルフカバー版は、常にセルフカバー版が攻めたアレンジになっている。なぜだろうか。
ミュージシャンはアルバム曲(タイアップなどがついていない/リード曲でないもの)で、「本当にやりたい音楽を発表している」という話がある。タイアップがついたものや、リード曲はアルバムの売上に直結する1曲のため、より多くの人に届く作品にしなくてはいけないからだ。
上記は米津玄師が敬愛するバンド・RADWIMPSの代表曲「おしゃかしゃま」である。複雑なメロディに早口のラップ、難解な歌詞を持った彼ららしい作品だが、老若男女に愛される国民的な楽曲にすることは難しいだろう。では映画『君の名は。』の主題歌として、大ヒット作品となったRADWIMPSの「前前前世」と聴き比べてほしい。
前前前世
複雑な「おしゃかしゃま」よりも、ストレートなロックである「前前前世」の方が明らかに聴きやすい。どちらが優れているかという話は一度置いておいて、どちらが多くの人に受け入れられるかという視点で見れば「おしゃかしゃま」よりも「前前前世」が人気を博している理由が分かるだろう。
人気曲にならなければ、タイアップの話もこなくなってしまう。自身が所属する会社や団体を担って、ミュージシャンたちはタイアップ曲を書くのだ。どうしても尖った表現は入れづらくなる。
星野源に殺到した批判
人気者であっても、ヒット曲の枠から外れたリード曲を発表することはリスクがある。星野源がイギリスのバンド・Superorganismと共作で全編英語詞の楽曲をリリースした際には、多くのファンがTwitterに批判コメントを寄せていた。英語で詞を書いたことに対する純粋な批判だった。きっとアルバム曲なら批判の声は大きくならなかっただろう。
しかし、それではミュージシャンの新たな表現はアルバム曲の中に埋もれてしまい、多くの人の耳には届かない。米津玄師はその問題をセルフカバーによって解決したように見える。
米津玄師 セルフカバーの構造的な面白さ
「パプリカ」「打上花火」「まちがいさがし」これらの誰もが知る人気楽曲のセルフカバーによって、音楽マニア以外にも彼の個性に満ちたアレンジを届けているのだ。自分のやりたい音楽を表現する手法として、理にかなっている。今回のサブスク解禁によって、より多くの人に米津玄師の音楽は伝わっていくことだろう。
「リード曲では批判される」「アルバム曲では多くの人に届かない」というジレンマを乗り越える一つの手法がセルフカバーだった。嵐「カイト」を始めとして、今後も米津玄師は楽曲を提供していくことだろう。それらがどのように色付けされ、新たな楽曲として生まれ変わっていくのか楽しみだ。
2020年8月に米津玄師が5thアルバム『STRAY SHEEP』をリリース。上記「パプリカ」「まちがいさがし」のセルフカバー版や、ドラマ『MIU404』主題歌「感電」、人気曲「Lemon」「Flamingo」「馬と鹿」「海の幽霊」などを含む、全15曲が収録されている。初回生産限定盤(アートブック盤)には、2019年に行われたツアー「脊椎がオパールになる頃」のライブDVDと、一部楽曲のMusic Videoが収録されたBlu-ray・DVDが付属。
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