RADWIMPS「HINOMARU」は音楽と政治の接近なのか

RADWIMPSの新曲「HINOMARU」の歌詞が愛国心を煽ると、物議を醸しています。

2016年に起こった「音楽に政治を持ち込むな」という議論が思い出されますね。

ヴォーカル・野田洋二郎は政治と接近しているのか、考えてみたいと思います。

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「HINOMARU」の歌詞

風にたなびくあの旗に
古(いにしえ)よりはためく旗に
意味もなく懐かしくなり
こみ上げるこの気持ちはなに

胸に手を当て見上げれば
高鳴る血潮、誇り高く
この身体に流れゆくは
気高きこの御国の御霊

引用:HINOMARU/作詞・作曲:野田洋二郎

冒頭の節を抜き出してみました。後半はほとんど軍歌みたいになっていますよね。右翼的な曲として話題になるのは確定路線だったのでしょう。

シングルのB面でありながらアジアツアーに来てほしくないという外国の方のコメントまで飛び出すほど、議論を過熱させています。

野田洋次郎はどのような意図で「HINOMARU」を作ったのか、発言を追ってみましょう。

野田洋次郎の意図

今日、『カタルシスト』が発売になります。早くも手にとってくれたみんなありがとう。 ぜひ、とことん、聴き込んでくれたら嬉しいです。あなたの血液を、全身を、決意を、たぎらせる曲であったら本当に嬉しいです。 そして『HINOMARU』。 日本に生まれた人間として、いつかちゃんと歌にしたいと思っていました。 世界の中で、日本は自分達の国のことを声を大にして歌ったりすることが少ない国に感じます。 歴史的、政治的な背景もあるのかもしれません。色んな人がいて、色んな考え方があります。誰の意思や考え方も排除したくありません。 僕はだからこそ純粋に何の思想的な意味も、右も左もなく、この国のことを歌いたいと思いました。 自分が生まれた国をちゃんと好きでいたいと思っています。好きと言える自分でいたいし、言える国であってほしいと思っています。 まっすぐに皆さんに届きますように。 #カタルシスト #HINOMARU #写真は皆さんの投稿から

野田 洋次郎 Yojiro Nodaさん(@yoji_noda)がシェアした投稿 –

野田洋次郎は右/左の対立の中で、簡単に自分の国を好きと言えなくなっている現状を嘆き、「HINOMARU」を書いたようです。

政治的な邪推なく、日本最高!と声高に叫ぶことが出来ない世の中に僕たちは生きていますよね。中道でも自分の国を愛していいはずだ。それを隠すなんておかしい。という問いかけになっているのです。

右でも左でもなく、ただ「まっすぐ」に…。野田洋次郎は賢い人だと思うので、議論が巻き起こることは承知の上だったと思います。実験的にこの曲を発表したと言えるのではないでしょうか。

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野田洋次郎は政治的

思い出したいのは、彼が政治的なミュージシャンであるという点です。その一例が2014年にアップロードされた「カイコ」という曲(CD未収録)。

遅々として進まない国の被災者、被災地への復興支援、仮設住宅で過ごす方たちへの生活保護対策には抗議します。今やるべきことをやってほしい。

引用:YouTube

感情的に書きなぐったような歌詞に込められているのは、2014年に国会で議論されていた被災者の生活保護受給打ち切り問題への怒りです。

カイコは漢字で書くと蚕、天に虫と書きます。神が作ったとされる人間と重ねられています。

更にカイコは人間によって作られた、人間の助けがないと生きていけない虫として知られています。国家の中に生きる人間と、無力なカイコが繋がっているのです。かなり政治的な曲だと思います。

記事タイトル「音楽と政治の接近」について考えれば、先頭を突っ走っているのが野田洋次郎と言えるでしょう。

「HINOMARU」は政治的

上記のことを鑑みて、「HINOMARU」は政治的な曲だと思います。

中道を唱えるのも、あるいは「政治的な意図なく愛国心を叫ぼう」というのも、やはり政治的なメッセージだからです。リスナーには、そう受け取られるでしょう。

更に言えば彼の意図は、この曲を聴いただけでは決してわかりませんし、だからこそ物議を醸しているのです。

世の中への問いかけという側面も透けて見えますよね。無邪気にこの曲を発表したっていうんならただのバカですが、先ほどのコメントを見るにそれは無いでしょう。

やはりこの曲は、政治的です。次に何度も繰り返されてきた音楽と政治の議論について、私見も書いておきたいと思います。

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