「駆け落ち者」のタイトルに込められた切なくも力強い宣言とは?

アルバム『三毒史』収録のBUCK-TICK櫻井敦司とのコラボ曲。謎めいた歌詞の秘密に迫る。
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駆け落ち者

メジャーデビューから30年以上活躍し続け、ヴィジュアル系ロックバンドの大御所となった今も精力的に活動を続けるBUCK-TICKの櫻井敦司。椎名林檎のアルバム『三毒史』には彼との異形のコラボ曲「駆け落ち者」が収録されている。

椎名林檎と櫻井敦司 駆け落ち者 歌詞 -【歌詞リリ】
椎名林檎と櫻井敦司『駆け落ち者』の歌詞ページです。『駆け落ち者』の歌い出しは ※ ああ透明になる 追っ手を撒いて さあいよいよ突破口通過しようか 正反対の番同士ついに実体を匿い合っている お前は深い緑色をして 確か私は荒い紫色して 自由は欲しくない ずっと奪っていて欲しい そう元来完成しているの ああ鮮明になる 暫定タ...

タイトルからは親に結婚を認められない男女の姿が思い浮かぶが、歌詞を見ると恋愛とは畑違いの壮大な世界観である。ではいったい「駆け落ち者」とはどういう意味なのだろうか。

二人は混じりあいpH7へ

難解な歌詞の中で特に聴きなれないのが、pH(=ペイハー)だろう。これは液体がアルカリ性・中性・酸性のどの性質を表すか数値化したものだ。


pH7はちょうど真ん中、純水などの性質を表す数値である。酸性とアルカリ性の液体は、混ぜると中和され中性の液体になっていく。「駆け落ち者」に見られるのは、二人の異端児のコラボレーションである。極端な者同士が混ざり合い、溶け合うことで、歌詞にあるように水のような透明な存在になるのだ

酸性と塩基性

pHのフレーズの直前に出てくるのが、「酸性と塩基性」という単語。塩基性の水溶液をアルカリ性と呼ぶので、「酸性とアルカリ性」とほぼ同じ意味である。両極端な二人のキャラクターを、化学の用語で表すという椎名林檎の試みだ。

緑と紫

では最初に出てくる緑と紫という2つの色について考えてみよう。お前が緑で、私は紫。

ここで思い出してほしいのは美術の時間に習ったであろう懐かしの12色相環である。この図において、緑と紫(正確には赤紫)は補色の関係にある。補色とは互いに強調しあう色のことで、ファッションやアートなど、あらゆるデザインに取り入れられる組み合わせだ。

90年代に社会現象となったエヴァンゲリオンは、紫と緑の印象的な組み合わせが特徴的

そして紫も緑も、寒色とも暖色とも言い難い絶妙な色だ。冷たさや温かさを感じさせないこれらの色を、美術の用語では中性色と呼ぶ。紫と緑は互いに補い合う関係にありながらも、寒色と暖色、どちらにも属さない孤高の色なのである

互いを高めあった先に

混ざり合うことで性質を失い透明になり、補い合うことでお互いを高めあう二人は、ついに地球を飛び出し宇宙空間(=真空地帯)へとたどり着く。

真空地帯とは椎名林檎がデビュー20周年で行ったホールツアー「椎名林檎のひょっとしてレコ発2018」が映像化された際に付けられたDVD/Blu-rayのタイトルである。

彼奴等とは椎名林檎のバックバンドを務めた面々であり、彼女によってMANGARAMA(マンガラマ)と名付けられている。MANGAはマンガのように現実離れしたというニュアンスで、RAMAはサンスクリット語で妖怪を指す言葉であり、演奏者としての技量を最大限賛辞したものになっている。そんなメンバーたちがいるのが「真空地帯」なのだ。ジャケットに書かれているआकाश(アーカシャ)は「天空」「空間」を表すサンスクリット語で、真空地帯と同義である。

いわば真空地帯とは神々が暮らし互いを高めあう空間であり、椎名林檎の音楽活動を象徴的に表す言葉だ。櫻井の特異性を高く評価する彼女は、補完しあう「駆け落ち者」で彼と共に天上界へと昇っていったのである。

タイトルの意味

「駆け落ち」は本来は親に結婚を反対された男女が、二人で家出して同棲生活を送ることだ。しかしこの曲では、特異であるが故の苦しみを味わった二人が、互いを認め合うことで世間(=世界)の冷たい眼差しから脱し、真空地帯へ逃れることを指すのだ。芸術の才能がある人間ほど周りに理解されないということを、ゴッホやモーツァルトなど、歴史を作り上げた先人たちが証明する。

だから彼女たちは世界から駆け落ちし、大気圏を突破し、宇宙へ。そこではあらゆる表現が、何の生産性もない批判を免れ、進化していくのだ。一人ではなく、皆で。思えば椎名林檎が東京事変を組んだのも、既にソロで成功していた彼女が、複数人で音楽を作る可能性に賭けたからだった。

「駆け落ち者」とは彼ら/彼女らが大衆に迎合することなく、共に高めあい、自らの表現を追求していくという力強い宣言なのである

おわりに

「駆け落ち者」は特異であるからこそ誰かに分かってほしいという切なさも含みつつ、あくまでクールに互いを研鑽しあった曲である。化学や美術の考え方を用いて表現する椎名林檎のセンス。それを13曲も味わえるニューアルバム『三毒史』が、5/27にリリースされる。

5年ぶりの本作は、人間が共通して持つ(欲望・怒り・無知)をテーマにしたコンセプトアルバムである。その楽曲の連続性と、構想にかけた期間の長さについてはこちらの記事に書いてあるので、興味のある方はご一読をおすすめしたい。

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