椎名林檎「鶏と蛇と豚」はお経を読み解けば意味が分かる

椎名林檎待望のニューアルバム『三毒史』のオープニングを飾る一曲。般若心経から始まる摩訶不思議な楽曲に込められた歌詞の意味とは。
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「鶏と蛇と豚」

椎名林檎 – 鶏と蛇と豚

般若心経が始まりを告げ不穏なオーケストラのサウンドが迎えるのは、人間性を排除したオートチューンの歌声。アンドロイドの声が歌い上げるのは、人間の飽くなき欲望の愚かさと視覚・聴覚・嗅覚・触覚・そして味覚といった、五感の賛美。急転直下の展開の中、MVでは鶏・蛇・豚の獣に扮するSato Ayaが舞い踊る。この狂乱こそ、人間の本質であると言わんばかりだ。

5年ぶりのアルバム『三毒史』の1曲目「鶏と蛇と豚」が先行公開されており、公式で以下のようにアナウンスされている。

「鶏と蛇と豚」は新作アルバム『三毒史』の舞台設定を紹介するべく書き下ろされたオープニングトラックです。

引用:SR 猫柳本線

どうやら次のアルバムは1つのテーマに沿った13の楽曲が納められており、この曲はそれらへ導入するためのものらしい。この5年間でリリースしたシングルも全て収録されているため、このコンセプトはかなり前から考えられていたようだ。

しかし「鶏と蛇と豚」で舞台設定を紹介したいといっても、ただ聞いただけでは何が何だかわからない曲である。細かく分析していくことで、アルバムの姿を浮かび上がらせていきたい。

般若心経と歌詞

冒頭から流れる般若心経は、今日で最も受け入れられているお経の一つだ。日本で読み上げられるのはサンスクリット語(インドの言葉)で書かれたものを、あの西遊記のモデルとなった三蔵法師が漢文に訳したものだ。いわば彼が天竺(=インド)に取りにいったお経が、般若心経というわけだろう。

その内容は観音菩薩が弟子にこの世の本質を説くというもの。「色即是空 空即是色(形あるものには実体がなく、実体がないことで形あるものは構成されている)」という観音菩薩の言葉に代表されるように、人間の感覚を始めとして、その魂の存在までも否定出来る考え方が説明される

その中で菩薩は「無限耳鼻舌身意 無色声香味触法 無限界乃至無意識界(耳・鼻・舌・肉体・心といった器官もないし、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・心の対象、といったものもなく、それらを受けとめる、意識を含むあらゆる分野がないのだ。)」と言って五感を全否定し、だから自分が自分自身であることにこだわらず悟りを開けと、弟子に発破をかける。

さて、お気づきだろうか。

「鶏と蛇と豚」の歌詞はこの観音菩薩の教えと真逆のことを歌っているのだ。味覚にフィーチャーしながら、人類が誕生して以来大事に持ってきた五感を賞美する。この椎名林檎の立場を示すために呼び出されるのが、三匹の獣である。

なぜ鶏と蛇と豚なのか

仏教で最も克服すべきとされている三つの煩悩である貪・瞋・癡を「三毒」といい、それぞれを象徴するのが鶏・蛇・豚だ

  • 貪(とん)…必要以上に何かを求める欲望。鶏が象徴する。
  • 瞋(しん)…怒りの心。蛇が象徴する。
  • 癡(ち)…真理に対する無知。豚が象徴する。

冒頭で蜜を求める欲はまさに貪であり、Sato Ayaが扮する鶏が暗に三毒との関係を示している。蛇のねぶたがライトアップされた途端、欲望は怒りへと変わっていく。そして観音菩薩が教える真理に背き、五感を絶対視する仏教的愚かさへと繋がる。欲望→怒り→無知の順番にストーリーは展開していくのだ。

上記画像が円になっているのは、人間が欲望→怒り→無知のサイクルを繰り返すことを示している。

そのため「豚と蛇と鶏」などは成立しない。「鶏と蛇と豚」はこの順番であることが重要であり、だからこそ曲も鶏→蛇→豚と展開していくのだ。

欲望は人を滅ぼす、しかしそのことに気付かず、蜜が毒ではないかと疑い、他者が自分を呪っているのではないかと怒り、そして最後には自分の感覚以外の全てを信じられなくなる。

この流れから考えれば、初めの「欲望は人を滅ぼす」ことに気付いていないのも「無知」であり、歌の始まりの時点で、すでにループは始まっていることがわかる。

次はこの曲のラストに注目してみよう。

除夜の鐘は何のために鳴る?

無音の中、スタッフロールが流れるラストシーン。これで曲は終わりかと油断したところに一発、鐘の音が鳴り響く。

年末に108回鳴らす除夜の鐘は、何のために鳴らすのか。煩悩を消すためだと言われている。三毒は仏教において最も克服すべき煩悩であり、それがこのタイミングで浄化されるというわけだ。煩悩が浄化された後に人はどうなるのか。悟りを開き、この世の真理に到達するのである。

真理とはなんなのか。アルバム『三毒史』で「鶏と蛇と豚」の次に収録されているのは、椎名林檎が宮本浩次と紅白歌合戦で披露した「獣ゆく細道」である。

椎名林檎と宮本浩次-獣ゆく細道

その歌い出しは、まさしくこの世の真理だ。「無常」も仏教の言葉で、「変わらぬものなどない」という意味を指す。自分の生きた証はいつか消えてなくなる、それでも人間は生きて進む。

この曲に表れてくるのは、先ほど鐘の音によって消えたはずの獣であり、肉体を使った表現であり、けだものとしての人間の生命力である。

まるでアンドロイドが歌っているようだった「鶏と蛇と豚」からの流れによって、肉体と命の質感がこれまで以上に強調され、「獣ゆく細道」単体ではたどり着けなかったメッセージ性を生む。この1曲目と2曲目の繋がりこそ、アルバムで曲を聴くということの素晴らしさではないか。

おわりに

椎名林檎 – 神様、仏様

『三毒史』収録予定の「神様、仏様」では、椎名林檎がラブコールを送る向井秀徳[NUMBER GIRL,ZAZEN BOYS]が、「繰り返される諸行は無常」と繰り返し唱える。実はこのフレーズ、1999年に向井がNUMBER GIRLの「EIGHT BEATER」という曲で歌って以来、何度も様々な曲に登場させてきた一節である。

ZAZEN BOYS – 自問自答 @ TOUR MATSURI SESSION
2004年リリースのZAZEN BOYZ「自問自答」にも登場

99年、NUMBER GIRLのファンだった椎名林檎、彼女が紡いできた歴史が、数年がかりの構想を経て、一つの作品になろうとしている。仏教的世界観の中で、人間の原罪ともいうべき欲望と怒りと無知を歌い上げるコンセプトアルバム『三毒史』。楽曲単体ではたどり着けない、アルバム単位の魅力が生むメッセージ性を、蜜とするか毒とするかは貴方次第。

コメント

  1. カナエ より:

    宮本浩次さんの漢字が間違っています。
    とても興味深く読みました。

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