Vaporwaveの浸透と山下達郎の”発見”
山下達郎は海外で強い影響力を持ちつつある。恐らくは彼の知らぬところで。
世界で日本の80年代シティポップが聴かれている。その端緒となったのがVaporwaveというジャンルの流行だ。2010年代初頭、ネットの片隅に表れたこのジャンルは瞬く間に音楽好きの心を捉え、世界中に広まった。80年代の音楽、あるいは映像への批評とパロディと風刺とチープさをごちゃ混ぜにしたこのジャンルの素材として、(多くの場合は本人の許可を得ずに)日本のシティポップが使われたのである。
上記楽曲はVaporwaveから派生したFuture Funk(こちらは更に日本の曲が素材に使われている割合が高い)の代表的なアーティスト、マクロスMACROSS 82-99が公開した山下達郎「メリー・ゴー・ラウンド」をサンプリング元とする楽曲だ。このようにして世界は山下達郎を”発見”していった。
YouTubeにアップロードされている山下達郎楽曲のコメント欄に目を向けてみれば、驚くほど英語のコメントが多いことに気付くだろう。こうして山下達郎はネットの葉脈を流れるVaporwaveという奔流を通じ、世界中へと運ばれていったのである。
そして2019年、現役世代のミュージシャンたちの中に、山下達郎の影響を受けた者が表れてきた。今回は世界に広がった山下達郎の影響を紹介していく。
ikkubaru
インドネシアで最も山下達郎の影響を受けているバンド・ikkubaru(イックバル)。説明不要のシティポップ風なバックの演奏と、甘くとろけるような歌声は、泡沫の都市の幻想をインドネシア・バンドゥンの地に浮かび上がらせる。彼らがリリースしたアルバム『Brighter』により、アジアではVaporwave/FutureFunkブームに先駆けて、シティポップの音遣いが伝播していったのである。そしてその背景には、80-90年代に東南アジアで日本のトレンディ・ドラマが放映されていたという事実があるのだ。彼らの親世代にとって、日本のシティポップは、どこかで聴いたことのある音だったのである。
アルバム・ジャケットまで影響を受けている。
POLYCAT
東南アジア一の大都会であるタイ・バンコクにも80’sシティポップの影響が色濃いバンドがいる。シンセポップトリオ・POLYCAT(ポリキャット)はライブで山下達郎「Someday」を披露するなど、筋金入りのシティポップ・チルドレンだ。彼らが属するSmall Roomというレーベルから出たアーティストたちが、シティポップ~渋谷系のシーンをバンコクに作り上げた。林立する摩天楼の隙間で、かつての日本が夢見た風景が受け継がれている。
日本初リリースのアルバムは、なんと全編日本語で詞が書かれている。『土曜日のテレビ』という謎めいたタイトルを種明かしすると、タイでは日本のアニメを土曜日に放映しているのだとか。
Mac DeMarco
今の北米若年層のアイコン的存在として活躍するカナダのシンガーソングライター・Mac Demarco(マック・デマルコ)は、山下達郎を始めとした日本のシティポップのフォロワーであることを明言している。上記は細野晴臣の「Honey Moon」をカバーした音源で、気怠く温い音像によって彼の色に染まっている。
彼がこういった形で日本の曲のカバーをリリースすることで、今の海外の若者たちの間にシティポップのミュージシャンたちの音楽が広まっている。ネット時代的な音の広がりがさざ波のように世界へと伝わり、70~80年代の日本のシティポップを届けているのだ。
2017年にリリースされたアルバムのジャケットには、よく見ればYMOの文字が!日本の音楽の影響を深く深く胸に刻んでいる。
Tahiti 80
デビュー20周年を迎えたフレンチポップの巨塔・Tahiti 80が、ベストアルバムを9/25にリリースする。日本版のボーナス・トラックとして山下達郎のシュガー・ベイブ時代の名曲「DOWN TOWN」が日本語カバーで収録される予定だ。ポップの最前線で長きに渡り活躍して来たベテランたちは、フランスと日本という遠く離れた地からも、お互いに惹かれあうのだろうか。メンバーが日本のシティポップを愛していることから実現した異色のカバー、ぜひ聴いてほしい。
GREENWOOD
1985年に山下達郎の「Sparkle」を英語でカバーしていたバンドがいる。ハワイの日系バンド・GREENWOOD(グリーンウッド)である。ナイトクラブなどで活動していた彼らの自主製作音源が、m日本のDJ MUROによって逆輸入され、日本で最も知名度のある山下達郎国外カバーとなっていた時期があるのだ。
Tyler, The Creator
山下達郎の影響は、意外な所にも及んでいる。それがカリフォルニアのラッパー・Tyler, The Creatorがリリースした「GONE, GONE/THANK YOU」だ。山下達郎の「FRAGILE」をサンプリング的に使用した同楽曲が収録されたアルバム『IGOR』は、世界で最も知名度の高いアルバム・ヒット・チャートであるBillboard 200で首位を獲得、2019年を代表するHIPHOPアルバムの一枚となった。
「GONE,GONE/THANK YOU」の5:30~と聴き比べて頂けると、サンプリングではなく録り直していることがわかる。そうしてでもこのフレーズを入れる必然性が、彼にあったということだ。アルバム・クレジットにも山下達郎の名前が刻まれており、オフィシャルに愛を伝えた形になるだろう。
これが世界が注目するアメリカのヒット・チャートで一位を取ったアルバムの一曲である事実。ネット時代においてシティポップが存在感を増してきたことの、記念碑的な一曲といえるのではないだろうか。
おわりに
上記の他にも、オランダのポップ・マエストロとして知られるBenny Sings(ベニ―・シングス)が山下達郎への愛を語っていたり、台湾のFreckles(フレックルズ)が彼に受けた影響に言及していたり、語りきれないほど様々な姿に変わった山下達郎のエッセンスが、世界に広がっている。
都市の成熟、各国におけるシティポップ・シーンの誕生、そしてインターネットが繋げる過去と未来。これからも、山下達郎が世界にもたらしたインパクトは強く、そして深くなっていくのだろう。自宅にいながら国境を越えて、良い音楽と出会える時代に生きていること。その自分の運の良さに感謝しながら、今日もまだ見ぬポップスを探し求めることにする。それでは、また会いましょう。
余談ではあるが、今海外のDJや音楽好きは日本のレコード屋に来て山下達郎のレコードを探し求めているそう。その中で一番人気なのが上記アルバム「FOR YOU」だ。もしお家に眠っているという人は、大切に保存しておくと良いかもしれない。
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