『AINOU』以来の新曲リリース
アルバム『AINOU』リリース以来、地上波放映・数々のミュージシャンからの絶賛・ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文が私設した『APPLE VINEGAR –Music Award- 2019』での大賞受賞など、その名を轟かせてきた中村佳穂が、8か月ぶりの新曲「LINDY」を配信リリース。
この8か月を思わせる濃密な楽曲で、中村佳穂の魔法としか言いようの無い声を、ゲスト参加した馬喰町バンドの面々が彩る。「0から始める民族音楽」を標榜し、自作の楽器でどこにもないフォークロアを奏でてきた彼ら。不安定な音程で透き通る打楽器の音や、どこか懐かしいイントロのリフなど馬喰町バンドらしさが前面に押し出されている。
この独特な手法が、レミ街の深谷雄一[Dr.]・荒木正比呂[Synth.]が魅せるクラブ・ミュージック的なアプローチと溶け合い生まれた、キメラのような表現。どこにもなかった民族音楽、どこにもなかったクラブ・ミュージック。そして変幻自在な中村佳穂の声がもつ独自な響き。新しい要素が詰め込まれているのに、どこか懐かしさも感じられるという、二面性を持った作品だ。
中村佳穂はこのように様々なミュージシャンとの共演し、ゲスト出演・フィーチャリング参加のリリースへと繋がってきた。今回は彼女の足跡を辿ってみよう。
Daichi Yamamoto「Crystal」
京都の音楽レーベルJazzy Sportに属し、STUTSのアルバムにも参加したラッパー・Daichi Yamamotoが、中村佳穂を招聘し「Crystal」を世に放った。京都で生まれた化学反応、様々な声の選択肢を持っている中村佳穂は、声が主体であるHIPHOPとの相性が良い。Deepな残響はアルバムジャケットの深い青か。美しい楽曲。
蓮沼執太「Chance」
先日「文部科学大臣賞」を受賞し、音楽・アート・広告など様々な分野で活躍するアーティスト・蓮沼執太。彼の手作り感のある電子音楽が、中村佳穂と出会ったのは2019/4/5、その歌の力が導いたのかわずか2ヶ月で上記楽曲「Chance」の配信リリースへと繋がった。
エレクトロニカ的な音の積み重ねを支える鉄琴と室内楽団、LIVEと全く違うアプローチに両者の個性が盛り込まれている。双方広い音楽性を持ったアーティストだからこそ生まれた相乗効果、素晴らしい。
Kan Sano「eye to eye」
プロデューサー/トラックメイカー集団・origami PRODUCTIONSに属し、数々の楽曲・広告を支えてきたKan Sanoも、中村佳穂とコラボ楽曲をリリースしている。重なり合う二人の声と壮大なサビ、『AINOU』で見せたクラブミュージック的なアプローチは、Kan Sanoとの交わりで既に実験されていた。
YouTubeへの映像公開だけでなく2018年の8月に7inch盤が発売されており、アナログでも聴けるようになった。
踊Foot Works「milk」
次世代の生バンドHIPHOP・踊FootWorksのアルバム曲に、中村佳穂がゲスト参加。夜風の心地よさを感じるトラック「milk」へ、中村佳穂の特徴である多重録音のコーラスを提供している。
単なるハモりに留まらない自由なアイデアのコーラスから、中村佳穂と踊Foot Worksの双方がアイデアを出しあって楽曲を製作していったことが推測される。
Lainy J Groove「I LIKE IT」
一歩間違えば全てが崩壊しかねない攻めたR&Bを展開するLainy J Grooveも、中村佳穂とコラボ楽曲を発表している。両者は邦楽の実験場となってきた京都の音楽シーンに属する盟友であり、彼女が影響を受けてきた環境の、自由に音楽を作り上げていこうという空気が感じられる。曇ったコード感の上を流れるフルート、意外な曲構成、これが京都の音楽だ。
tofubeats『FANTASY CLUB』
紅白にアレンジャーとして呼ばれるほどの実力を誇り、若手トラックメイカーの星として活躍するtofubeatsも、中村佳穂の声に惚れ、ゲストコーラスとして招聘したことがある。2017年3月のことだった。
まだまだ知名度が低かった彼女だったが、SoundCloudへアップしていたtofubeatsのカバーが彼自身に発見されコラボが実現。「この人は何かを持っている」と思わせる中村佳穂の魅力が発掘された楽曲だった。
imai「Fly」
group_inouのトラックメイカーとして活躍してきたimaiの、ソロ楽曲に声を提供。ラップに合わせたコーラスやクラブ・ミュージックでの活躍が光る。
門脇麦が制作したお餅のMVが、観客賞を受賞するなど、アート分野でも躍進した。
おわりに
筆者がこれまで見てきた中で印象深いコラボは、3つある。
ひとつは中村佳穂の大学卒業記念パーティーで披露された「今夜はブギーバック」だ。楽曲の原点であるスチャダラパーBOSEと、彼女の原点である京都のミュージシャンたちが集まって演奏された24小節の旅路は、彼女が京都で積み上げてきたものの集大成だった。
卒業アルバムともいえる1stアルバム『リピー塔が立つ』では、中村佳穂の楽曲にBOSEがラップを吹き込むという夢のコラボが実現。現在は高騰しており入手が難しいが、ぜひ聴いてほしい。
二つ目は京都のファンクバンド・踊る!ディスコ室町と共作した楽曲。美しい詞とグルーヴが特徴的なその曲は、1年に1度京都で開催される「おかっぱグッドミュージックのすべて」でのみ演奏されてきた。中村とディスコ室町の共同主催でこれまで5度開催されてきたイベントで、毎回グッドミュージシャンが集められる。多忙となってきた中村佳穂だが、もう一度あの歌を聴くことは出来るのだろうか。
そして最後は、中村佳穂が観客とコラボした「忘れっぽい天使/そのいのち」だ。当時どこでも演奏したことのなかった新曲ながら、予約の入った観客に歌入りのCDを送付し、練習してきてもらうことで生まれた一度限りのコラボ。当日顔を合わせたばかりの面々が、心を通わせ、祈りにも似た想いを集積させる。音楽の素晴らしさを詰め込んだ試みの成功が、中村佳穂の音楽家としての非凡さを象徴している。
恐らく中村佳穂は多作なミュージシャンではない。だからこそ2年かけて作った『AINOU』、8か月ぶりのシングル「LINDY」、そして今回紹介したコラボ楽曲を噛みしめながら、彼女の次の展開を楽しみに待ち続けようと思う。何が待ち受けているか分からない面白さを、皆さんも一緒に味わいましょう。
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