音楽レビューの「多幸感」、使い方に気を付けないとヤバい件

音楽レビューにはよく<多幸感>という言葉が出てくる。本来は薬物でトリップしている人たちが感じる、強い幸福感を指す言葉だ。音楽レビューの世界ではどのように使われているのか。後半ではレゲエや仏教の文脈の中で、<多幸感>を生む音楽を紹介する。
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音楽レビューと多幸感

音楽レビューにはこれまで多幸感という言葉が多く使われてきた。その例を挙げておこう。

トクマルシューゴの新曲が7インチソノシートでも登場!多幸感と躍動感に満ちたカラフルかつトラディショナルなエッセンスがピースフルに響き渡る大名曲に仕上がっています!

引用:FLAKE RECORDS

形容詞がつながりすぎて面白いレビュー

様々な音を音楽に取り入れ実験的なポップスを生み出してきたトクマルシューゴ。彼の音楽性には多幸感という言葉が付きまとう。恐らくトクマルの音楽が持つ祝祭感と、音の種類の多さを指すために、この言葉が使われているのだろう。

このレビューで語られている「Decorate」のイントロは、遊園地のメリーゴラウンドで使われる音楽のようで、強い祝祭感がある。

薬物によって感じる幸福

(麻薬などによる)過度の幸福感。陶酔感。

引用:コトバンク

社会的に信頼されている辞書、大辞林において多幸感はこのように紹介されている。本来は薬物でトリップしている人の幸福感を指す言葉なのだ。しかし近年はその用法が広がっているらしい。

多幸感の用法が広がる

愛情による至福感や、競技で勝利したときの陶酔感、オーガズムは、多幸感の例である。 また、多幸感は宗教的儀式や瞑想によっても生じうる。 特定の薬物の副作用として生じる場合もあり、また、精神や神経の疾患によって生じる場合もある。

引用:Wikipedia

というようにWikipediaでは薬物の効果としての多幸感(Euphoria)は、単なる一例として記されている。この変化はWikipediaのこの解説を読めば推測できる。

多幸感(たこうかん、英語: Euphoria)とは、非常に強い幸福感や超越的満足感のことである。脳内で、快楽などを司るA10神経のシナプス間に、幸福感を司る神経伝達物質であるセロトニンが、大量に放出されている状態とされる。

引用:Wikipedia

人が幸せを感じるプロセスの研究が進み、セロトニンが大量放出される場面がいつであるのか、ということが明らかになってきたのだろう。

ドラッグだけでなく、宗教的にトリップした状態や、恋人との関係性が多幸感を生むようだ。これが拡大解釈されると次のようにレビューに登場することになる。

歌詞のレビューにも使われる

②よりも更に華やかで且つ上品なアレンジが素晴らしく、季節の描写が多めの多幸感溢れる歌詞も楽しそうで何より。

引用:おときき通信

小沢健二「ドアをノックするのは誰だ?」のレビューより。

セロトニンがジャブジャブ放出されそうな歌詞にも、多幸感という形容が使われるようになっている。しかし多幸感は薬物が由来なので、危険な領域に踏み込んでいるレベルの幸福感を指していることには注意が必要だ。

多幸感は宗教・薬物・恋愛・勝負事での勝利などでトリップした状態の時に、感じる幸福を差す言葉。ただし薬物などで生まれる、クレイジーな幸福感を指す言葉なので、普通の恋愛ソングには使わない方が無難。
それでは実際に多幸感溢れる曲の実例をみていこう。

トクマルシューゴと多幸感

トクマルシューゴも「多幸感あふれる名曲!」的な反響に着想したのだろうか。見る麻薬ともいうべきMVを付けて「Poker」を発表した。薬物中毒者の世界観でありつつ、ヒッピー的な自然崇拝も感じさせる良いMVで、カナダで行われた映像関係の大会で準グランプリを受賞したそうだ。これぞまさしく見る多幸感。

cero随一の宗教的な曲

「Contemporary Tokyo Cruise」で多幸感を振りまいて本編は終了。

引用:OTOTOY

多幸感は特に宗教的な色彩を持った曲に合う言葉だと思う。ここで聴いてほしいのは、阿佐ヶ谷発のインディーポップ界の一番星、ceroが2012年にリリースした「Contemporary Tokyo Cruise」。

どことなくトクマルシューゴの影響を感じるこの曲には、後半に怒涛のセロトニン大放出タイムがある。完全に神を降臨させようとしている。効果的に使われる逆再生がこの世ならざる者を演出している。オザケンの音楽性よりも、こういった雰囲気のものを指すのに使っていきたい。

大麻+宗教=レゲエ

薬物によるトリップと宗教によるトリップ、二つが合わさるのがジャマイカの国民音楽・レゲエだ。自然の中に自分を位置づけ、ラスタファリアニズム(ジャマイカの宗教的思想運動)に根差す、土臭い音楽が特徴的だ。

ドレッドヘアーのレゲエミュージシャンは数多いが、それもラスタファリアニズムの影響である。かの宗教では体に刃を入れることを禁じているため、髪すら切れないのだ。また大麻を神聖な植物としていることも、レゲエとラスタファリアニズムに特徴的である。

そのレゲエをルーツに持つ日本のダブポップバンドが、全国ワンマンツアーを予定している人気バンドbonobos(ボノボ)だ。神と葉っぱに彩られたヒッピー的な世界で、多幸感という言葉を使うのにふさわしい。

お経でも多幸感は生まれるか

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宗教性さえあれば多幸感は生まれるのか。このお経を聴いてみてほしい。やはり楽園にいる様な楽しさが無いと生まれないらしい。しかし興味深いのが次の動画。

お経にハモリを付ける

京都が生んだリアルガチ坊主バンド・キッサコのライブ映像だ。般若心境にハモリをつけるだけで、これまで見てきたものと同質の幸福感が生まれている。声が増えるほどにセロトニンが放出されていくような。音の多さが多幸感の重要なファクターになっているようだ。

多幸感には音の多さが重要。ただしお経のように同じ音(ユニゾン)では意味がなく、複数の音が重なったハモリになっている必要がある。

おわりに

最後に紹介したいのは映画『かぐや姫の物語』で、この世ならざるものである天人が降臨する際の音楽。音楽を担当した久石譲はブラジルのサンバとアジア音楽とミックスし、多幸感を生み出した。そしてこの音楽は現世の論理が通じない天人に対する、人間たちの恐怖を表すための舞台装置として機能している。

やはり多幸感という言葉は、宗教的だったり薬物中毒だったりで、ちょっとヤバい所まで幸福感が生まれている音楽に使っていくべきだろう。音楽を言葉に置き換えることは難しいからこそ、細かいところにこだわっていきたい。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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