猫の恩返し主題歌の『風になる』は、耳をすませばもイメージしている

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風になる

3:29~からMVが始まる。

ジブリ作品の中でも異色と言われる『猫の恩返し』の主題歌が、つじあやの『風になる』だ。京都出身のシンガーソングライターが大抜擢され、彼女の代表曲となった。

なぜ『猫の恩返し』は異色なのか。実はこの映画、『耳をすませば』のスピンオフ作品なのだ。同作の主人公・月島雫が描いた小説が『猫の恩返し』という設定になっている。ジブリで続編ともいうべき作品が作られたのは、これが最初で最後だ。

主題歌『風になる』も発売日から察するに、映画のために書かれた曲だということがわかる。ただこれ、ほとんど『耳をすませば』のことを歌っているような。

いつ聞いてもそう思うのだ。歌詞を見てみよう。

遠距離恋愛

忘れないよすぐそばに 君がいるいつの日も
星空に輝いてる 涙揺れる明日も

たった一つの言葉 この胸に抱きしめて
君のため僕は今 春風に吹かれてる

引用:風になる/作詞作曲:つじあやの

2番の歌詞が特に『耳をすませば』っぽい。この作品は月島雫と天沢聖司、2人の中学生が恋に落ち、最終的にはイタリアと日本で遠距離恋愛をする物語だ。

同じように『風になる』でも、「僕」と「君」の間には大きな隔たりがある。特に「たった一つの言葉~」のフレーズなんて、遠距離恋愛じゃなきゃ、いったいなんだというのか。

自転車

陽のあたる坂道を 自転車で駆けのぼる
君と誓った約束 乗せて行くよ

ララララ 口ずさむ くちびるを染めて行く
君と出会えた しあわせ 祈るように

引用:風になる/作詞作曲:つじあやの

『耳をすませば』の重要な場面で登場するのが、自転車だ。天沢聖司が荷台に月島雫を乗せていたように、「僕」は「君と誓った約束」を自転車に乗せている。いやこれもう完全に意識してるよね。

忘却

忘れていた目を閉じて 取り戻せ恋のうた
青空に隠れている 手を伸ばしてもう一度

引用:風になる/作詞作曲:つじあやの

あえて触れてこなかったが、この曲が興味深いのは「僕」が「君」との思い出を振り返っている。僕は「忘れていた」のである。歌詞をすべて見ていけば、過去の終わった恋愛を良い思い出として、「君」の幸せを願っていることがわかる。

陽のあたる坂道を 自転車で駆けのぼる
君と失くした 想い出乗せて行くよ

ララララ 口ずさむ くちびるを染めて行く
君と見つけた しあわせ 花のように

引用:風になる/作詞作曲:つじあやの

だからこそサビは過去形で、君がそばにいないことが強調されているのだ。「君と失くした想い出」なんて決定的なフレーズで、「僕」と「君」の関係は明らかに終わっている。

思えば『耳をすませば』のロマンチックな恋は、雫が坂道を自転車で登っていくところから始まる。(そのあと二人乗りで坂を駆け下りる。)自転車で登るという行為が、あの日の恋との再開を表しているんだろう。

上へと力を込めて進んでいく動作に、つじあやのがポジティブな想いを乗せていることは、曲調からもわかる。そして彼女がその装置として自転車と坂を選んだことに、「耳をすませば」との関連が見出せる。

おわりに

じゃあ『猫の恩返し』要素は無いのだろうか。『風になる』のキーワードの1つが「忘れる」ことだと俺は思う。忘れていた過去と、忘れてほしくないという想いが描かれているからだ。そして猫と言えば忘れっぽい生き物だ。

石黒由紀子のエッセイに「猫は、うれしかったことしか覚えていない」というのがある。これは元々、猫はうれしかったことしか覚えていないから何度も同じふうに怪我をする、という獣医の言葉から取られている。

猫はすぐに忘れてしまう生き物なのだ。過去を振り返らない、気ままで、自由な生き物なのだ。

けどそんな猫は、春になると突然恋に落ちる。俳句で「猫の恋」は春の季語だ。

悲しい冬から春へ、ため息は春風へと姿を変える「風になる」は、まさしく猫の歌なんだ。春に今まで忘れていた恋を思い出す。そこからは、猫まっしぐら。

『猫の恩返し』と『耳をすませば』、両方を踏まえて書かれているのが、「風になる」なのでした。それではまた会いましょう。

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