「浪漫と算盤」
2019/11/13にリリースされる『ニュートンの林檎』は、椎名林檎初の公式ベストアルバムだ。これまでに生み出してきた力作の中に、新曲として投入されるのが、この「浪漫と算盤」である。お互いのことをヒカル氏・ゆみちん(=椎名林檎の本名・椎名 裕美子から)と呼びあう盟友・宇多田ヒカルを招き、宇多田ヒカルの楽曲参加以来3年ぶりのコラボとなった。
「浪漫と算盤」韻を踏んだフレーズが印象的な楽曲だが、さてその意味するところはなんだろうか。考えていきたい。
対比される二つの言葉
綺麗に韻を踏みながらも(Roman to Soroban)、象徴的に対比される二つの言葉が、この曲のテーマである。空想的な浪漫(ロマン)という言葉と、商売などを連想させる算盤(ソロバン)の対比だ。
多くの人は子供から大人になる途中で、大きな夢を失いながらも、地に足をつけて生きていく。いわば浪漫(夢や理想、希望)を捨てて、家族や生活などを守るために算盤(現実、金銭、数字で突きつけられる結果)を弾くようになるのだ。
宇多田パート①芸術家と商売人
初めの宇多田ヒカルのパートで語られているのは、音楽家として音楽にどのように向き合っていくのかということだ。音楽を仕事にしてお金を稼ぎ、生活をしていながら(ソロバン)も、自分自身の理想の音楽を曲げず、深い部分を追及していきたい(ロマン)という、全ての音楽家が向き合う問題に真っ向から取り組んでいるのだ。
ミュージシャンはとかく夢見がちで、自分の音楽性を守れるならば売れなくても良いという人も多い。その中で芸術家としてだけでなく、商売人という視点でも活動をし、売れ線に走らず売れるという視点は、母となり守るべきの出来た宇多田ヒカルだからこそ、たどり着いたテーマではないだろうか。
売れ線に走らず売れることで、単なる商売人でも芸術家でもない、「意味」が生まれてくるのである。
実は「浪漫と算盤」という言葉は、かつて宇多田ヒカルが友人たちと話していたテーマだった。その言葉から着想を得て、椎名林檎が歌詞を書いていったのだ。
椎名パート①義務と権利とは
ここでいう義務とは、商売人としての責任である。それはつまり、売れる曲を書くということだ。同時に権利とは、自分の意志で作品を作り、発表していくということだろう。ここでも権利(ロマン)と義務(ソロバン)の双方を重んじながら、その配分を示してはいない。これは時には売れ線の曲を書き、時には自分がその時に表現したい実験的な曲をリリースすることを、暗示しているのだ。思えば椎名林檎も宇多田ヒカルも、売れ線ど真ん中の曲をリリースすることもあれば、100人に1人しか刺さらないような曲を出すこともあった。
共通パート①商売に終始しすぎない
続く椎名林檎のパートでは、新しい音楽にミュージシャンが挑戦した際に必ず起こってくる問題について語られている。先日、星野源が英語の曲をリリースした際には、Twitterに批判に近いコメントがあふれかえった。「これまでと違う」「聞きづらい」などのコメントが多かった。
商売として音楽を見れば、売れ線の曲をパターン化して繰り返し続けるのが、失敗しにくい方法である。しかし浪漫を忘れずに、毎回挑戦していく。それこそが理想の生き方だと語るのだ。例えそれが批判に晒されたとしても、芸術家として。
サビ①同じ仲間として
椎名林檎と宇多田ヒカルは、様々な批判に晒されながらも進化してきた仲間である。
宇多田ヒカルが「Automatic」でデビューした1998年、椎名林檎はシングル「幸福論」でメジャーデビューした。
そして現在、共に子供を育てながら音楽活動と向かい合う二人にとって、「浪漫と算盤」こそ共通するテーマだったのだ。
理想の生き方
思うに、この曲には理想の生き方が記されている。音楽家の生き方から、誰しもに通ずる理想の生き方へと、解釈を拡大することが出来るのだ。皆さんも自分自身に置き換えて考えてみてほしい。
私事で恐縮ではあるが、筆者の本業は誰かの仕事に対してアドバイスするというものだ。会社を経営するにあたって、数字関係をきっちりと見ていくことは、非常に重要である。しかし同時に、数字に囚われるあまり、人の想いを無視して仕事をしていては、お客さんの信頼できるパートナーとはなりえないのだ。
そして経営戦略というものは、非常にパターン化しやすいからこそ、同じ方法を繰り返し使って効率重視で仕事をこなす人も多い。だが、本当の意味で相手のためになるのは、オーダーメイドの戦略を頭をひねって考えることであり、置きにいくことではないはずだ。
このようにそれぞれの仕事や生活へと「応用できる指針が、「浪漫と算盤」には記されているのだ。子育てや結婚生活、今の自分の職や将来など、色々なものにあてはめながら、浪漫と算盤のど真ん中を狙えるよう、この曲を味わっていってほしい。
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