パクリだ盗作だと騒ぐの、やめにしてくれ

ほぼ全てのメジャーアーティストが、パクリだとか盗作だとか言われている中、建設的な考え方を提言したい。
スポンサーリンク

パクリとはなんなのか

既存のものに似た作品やネタを作ること、あるいは極めて似た作品やネタを発表すること(ネタをぱくった、パクツイなど)。ただし、この場合、剽窃元とした作品よりも劣っているものや、剽窃元をほぼそのまま流用(コピー・トレース)している事が誰の目にも明らかであるか、もしくは疑わしいものに対して使われることが多い。

引用:Wikipedia

これが「パクリ」の一般的な定義だろう。この言葉と隣接しているにもかかわらず、真逆の意味で使われているのが「オマージュ」だ。

オマージュ(英語: hommage)は、芸術や文学において、尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事を指す用語である。しばしば「リスペクト」(尊敬、敬意)と同義に用いられる。

引用:Wikipedia

この二つはほぼ同じ要素を指しているにも関わらず、社会的評価に天と地ほどの差がある。オマージュが認められる一方、パクリは糾弾される。この違いはなんなのか。

リスナーそれぞれの独自な評価が、その差を生んでいる。

これは非常にまずいことで、アーティストの社会的地位が聴いた人の感覚という不確かなものによって貶められることになる。こんなこと許されていいはずがない。SNS時代に生まれた身勝手な裁判官たち。社会問題が音楽にも影響を及ぼしている。

しかし糾弾されないものにも共通点がある。次に紹介するいくつかの事例を見てほしい。

あいみょんとandymori

あいみょん – 夢追いベンガル【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

2月にあいみょんがandymoriをオマージュした「夢追いベンガル」という曲をリリースした。かなり元のバンドに寄せているが、パクリという声はまだ大きくない。その理由の一つは、次に引用するインタビューに書かれている。

──「夢追いベンガル」はジャキジャキしたアコギサウンドと男気あふれる歌詞の楽曲です。タイトルもそうですけど、サウンドや歌詞からも「ベンガルトラとウィスキー」を歌うあのバンドへのリスペクトを感じました。

そうそう(笑)。andymoriです。<中略>これは完全に小山田壮平さんへのリスペクトを込めています。

引用:ナタリー

あいみょんは、andymoriへのリスペクトを公言しているのだ。オマージュであることが明快なのである。この一点があるかないかで、andymoriファンの対応も変わってくる。

米津玄師とBUMP OF CHICKEN/RADWIMPS

米津玄師はBUMP OF CHICKENとRADWIMPSをオマージュした「Nighthawks」という曲をリリースしたが、これも炎上していない。米津玄師が何度も彼らへのリスペクトを語ってきたことが、その理由である。

BUMP OF CHICKEN がいて、RADWIMPSがいて、自分がいること。 | 米津玄師、心論。 | 米津玄師 | cakes(ケイクス)
かつては、ハチとしてニコニコ動画でボーカロイド楽曲を発表し続け、総再生数2500万PVを記録。2012年、本名・米津玄師(よねづけんし)としてデビュー以降も快進撃を続け、3rdアルバム『Bremen』が、オリコン1位を記録するなどチャートを席巻、日本レコード大賞の優秀賞を受賞しました。もはや新世代のカリスマ的な存在とも...

例えばこちらのインタビューでは、明確に自分のルーツを明らかにしていることが、そのタイトルに表れている。「Nighthawks」が収録されたアルバム『BOOTLEG』は海賊版という意味であり、全ての楽曲にオマージュ元があるのが特徴である。ルーツとしてアーティストが他者を語った場合に、パクリ扱いされることは少ない。

であれば、みんな自分のルーツを明らかにすればいいのか。そうはいかない。

Base Ball BearとNUMBER GIRL

Base Ball Bear – Tabibito In The Dark

Base Ball Bearは1stアルバムをリリースした際に、炎上しかけたことがある(当時そんな言葉はなかったが)。

(小出祐介)<中略>2003年。僕らはじめてのアルバムですね。『夕方ジェネレーション』ってこれ、インディーズでリリースしたんですけど。実はこのアルバムが、NUMBER GIRLに似てるって、めっちゃ叩かれたんですよ。

(宇多丸)えっ、マジで!?誰が叩いたの?評論家?

(小出祐介)まあまあ、ネットとかでもそうですし。で、なんかそれを僕、当時見ちゃって。いまは絶対見ないですけど。めっちゃ気にしちゃって。すげーヘコんだんですよ。<中略>だからそれがきっかけで、僕、それ以降はあんまりNUMBER GIRLの話を外でしないようにしてきたんです。

引用:miyearnZZ Labo

アーティストだって人間である。傷ついたVo.小出祐介がNUMBER GIRLへの尊敬を語れるようになるまで、10年の歳月が必要だった。

あいみょんや米津玄師と違い、まだ彼らを認めてくれる人の少ない環境で、パクリと叩かれてしまうことの恐怖。10年前だからネットの掲示板や音楽誌程度で済んだが、SNSが発達した今、批判の声の広がり方は当時の比ではないだろう。誰かを叩くことでストレスを解消している人が、一定数いるからだ。

ではその根っこの部分にあるものは?

オリジナル信仰を打ち破れ

これらの問題の根底にあるのは、「天才が生み出した独自な音楽」に対する信仰だ。The BeatlesやLed Zeppelinなど、伝説と呼ばれるバンドの天才たちが、大衆音楽の基礎を作ってきたという、その認識は間違っていない。しかし彼らの音楽も大半は、同時代もしくは前の時代に原型がある。ロックはゴスペルとブルースとカントリーから生まれた。HIPHOPはそれまでの全ての音楽をサンプリングすることで発達してきた。

音楽は既存の物に、自分のオリジナルな要素を加えることで生み出されてきたのである。

全ての音楽好きに勧めたい名著「オルタナティブロックの社会学」にも書かれているように、日本人は洋楽のエッセンスを抜き取り、自分たちの音楽に組み込むことが得意である。そのように邦楽は発展してきたし、これからもそうだろう。

だからこそ音楽に詳しく、様々なものをオマージュし、邦楽へ落とし込んできた先人たちは、偉人と称えられるべきだ。ロックンロールを60年代に日本へ持ち込んだRCサクセションしかり、様々な音楽から独自のサウンドを気付きあげた小室哲哉しかり。盗人と糾弾されていいわけがない。

後の時代に評価されるなんてのは良くある話だが、だからって若い才能をSNSが生む謎の裁判官たちが摘み取っていいわけがないのだ。

アーティストがリスペクトを語れる世の中へ

先述のNUMBER GIRLは「 PIXIE DU」という曲でPixiesへのリスペクトを明らかにしたし、彼らに憧れたASIAN KUNG-FU GENERATIONは「NGS(=Number Girl Syndrome)」という曲を初期にリリースしている。音楽ルーツはもっとあけっぴろげに語られるべきなのだ。

叩かれるから尊敬を語れず、語れないから叩かれる。負のスパイラルを打ち破らなければならない。

コード進行について

コード進行(曲の全体の雰囲気を決める音の組み合わせ)が似ていると、どうこう言う人も多いが、そもそもそこに著作権はない。だからこそ次の2曲が同じコード進行でも、許されるのだ。

東京事変 – 幕ノ内サディスティック
あいみょん – 愛を伝えたいだとか 【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

これをパクリだとか言ってたら、きりがない。コード進行は人類の共有財産である。ドレミファソラシドだって何百年も前の人が決めた音なのだから。

パクリ問題を笑い飛ばす本がこちら。興味のある方は一読をおすすめする。

アーティストが語るオマージュ/パクリ問題

あいみょんの考え方は、日本武道で受け継がれてきた守破離の考え方に通じる。守り(=真似する)、破り(=自分のアイデアを混ぜ)、離れる(=オリジナルなものを生み出す)。これがこれまで歴史に名を残したアーティストたちが成長してきた姿だ。なぜか今、この守の部分に過剰に反応する人が多いのである。米津玄師の発言も見てみよう。

──「Moonlight」には「本物なんて一つもない」という歌詞がありますよね。そこにも「BOOTLEG」というタイトルに通じる意味合いを感じました。

今回のアルバムは、自分の中ではオマージュのアルバムだと思っているんです。<中略>

「Moonlight」っていう曲も、フランク・オーシャン以降のR&Bの空気感に対するオマージュである。それは自覚的にやっているんです。それをやることによって過剰なオリジナリティへの信仰みたいなものに対して自分なりに解答を出したかったっていうのがあります。

引用:ナタリー

彼は他にも音楽は様々なものを引用・参照して、そこに自分の要素を混ぜ込んで作り上げていくものだという旨の発言をしている。

“パクり”っていうのも曖昧なもので、どこからどこまでパクりなのかとか、そういうことは自分が決めるものではないっていうのがまずある。いろいろ言われるじゃないですか、「バレるとヤバいのがパクりだ」とか「リスペクトがあるのがオマージュだ」とか。でもそのラインもあやふやなんです。そこに対して過剰すぎる人がいるのが、やっぱり気に食わないんですよね。

引用:ナタリー

この米津玄師の苛立ちは、当然である。オマージュがこれまでの邦楽を支え、オリジナルなものを生み出してきたのに、そこを無視してパクリと騒ぐのは無理があるからだ。

ただし盗作はダメ、絶対

あいみょんは次のように発言している。

「今の時代ってすぐに誰々の真似が出てきたとか、誰々っぽいって言われるじゃないですか。<中略>“真似して何が悪いんや!”って思うんですよね。もちろんコピーするのはダメだけど、“大好きなアーティストさんに影響を受けて音楽をやっています!”っていう意思表示をしたかったんです」

引用:ORICON NEWS

そう、コピーはダメだ。思い出すのはLCCの代表格であるバニラエアの機内BGM。

バニラエア機内音楽【夢の扉】Vanilla air boarding music

これは版権元にお金を払いたくないから、キーをずらして訴えられない程度に改変したものではないのか。それも個人の感想だろと言われてしまえばそれまでだが、ここから何かが生まれる気はしない。某車メーカーがとある邦楽インストバンドの曲を、この手法で他の作曲家に依頼し、著作権料を節約したのではないかという疑惑もあった。

話題の自動車CMとH ZETTRIOを比較しやすく編集

CMと曲を比較している動画だ。

キーを少しずらしてほぼ同じメロディーをなぞったものに聴こえる。これに対するH ZETT M(元東京事変のKey.で、H ZETTRIO所属)の返答がこちら。

カッコ良すぎかよ。お金が絡むと大手企業であっても狂う。グレーなゾーンを駆け抜けるダーティープレイだ。大企業がやっているわけだから法的には問題ないだろうが、音楽を発展させるとも思えないので、私は反対する。

おわりに

邦楽のパクリ/オマージュ問題における、ルーツを明確にすることの重要性と、それを難しくしている負のスパイラルについて考えてきた。昔なら多少の批判の声があってもなんとかなったが、SNS時代にこの悪習を残しておくべきでない。

たまたまメロディーが被るということも起こり得るだろうから(Led Zeppelinの「Stairway to Heaven」が、とあるミュージシャンに訴訟を起こされた件など)、非常に複雑な問題である。しかし邦楽の未来がSNSなんかに邪魔されるわけにはいかない。

私はこれからの邦楽の発展を願っています。それでは。

コメント

タイトルとURLをコピーしました